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東京高等裁判所 昭和29年(う)3265号 判決

控訴人 被告人 丸山修こと村中修

弁護人 小原栄次

検察官 中条義英

主文

原判決を破棄する。

本件を浦和地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人小原栄次の控訴趣意書は本判決末尾添附の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これについて判断する。

一、第一点および第二点について

原判示事実の要旨は、被告人は五十嵐哲三から同人の内縁の妻福島静子所有の建物を担保にして金二万円の金策方依頼を受けたのを奇貨とし、併せて擅に自用の金子をも入手しようと企て山田安居郎に対し恰も右五十嵐から金六万円の金策を依頼されているが如き詐言を弄して同人を欺罔した結果右建物を担保に供して金六万円借受の約定をなし、その利息として六千円を控除した残金五万四千円の交付を受け以て同金額と右二万円との差額たる金三万四千円(原判決に三万六千円と記載あるは誤記と認める)を騙取したものなりというに在る。そこで、

(一)  まず、原判決が被告人の右金員騙取の詐欺罪成立を肯認したのは事実誤認なりや否やの論点(控訴趣意第二点)につき按ずるに、

原判決引用にかかる原審証人山田安居郎の供述(原審第三回公判調書記載)同五十嵐哲三の供述(同第四回公判調書記載)被告人の検察官に対する第一、二回供述調書および不動産登記簿謄本を綜合すると、原判示日時場所において、被告人が五十嵐哲三から同人および福島静子のため福島所有の本件建物を担保に供して金策されたい旨の依頼を受けたのに乗じ、此の機に自用の金員をも調達しようと考え、山田安居郎に対し、同建物を担保にして、その所有者福島静子に金六万円を貨与されたい旨申し向けたところ、山田は右担保物件を信頼して福島に金六万円を貸渡す約定をなし、その利息として金六千円を控除した残金五万四千円を被告人に交付したが、被告人は右金借申込当時その金員借受および担保提供の代理行為をなす真意を有し、同時に右山田が同金員貸与に至つたのは、専ら同担保物件の価値に信頼したからであつて、被告人と五十嵐や福島等との間の金策依頼の限度等は山田において関知するところでなかつたこと明らかである。尤も、前記証人山田安居郎の証言中には、自分は若し当時福島が被告人に対し金二万円を限度とする金策を依頼したに止まることを知つていたならば、後日の面倒を避けるため、右六万円の貸渡しはしなかつたであらうとの趣旨の供述も見えるが、これらは、事後になされた一種の仮定論に過ぎずこれを以て前記貸与当時における山田の現実的意思認定の資料となすには足りない。

従つて、被告人には、山田に対する限り、別段欺罔行為があるわけでなく、山田にも亦右金員貸与につき何等錯誤があるものでないから、原判決において同金員授受に関し被告人に詐欺所為ありと断じたのは事実を誤認したものであり、而して同誤認は判決に影響を及ぼすことの明らかなること所論のとおりである。(因に、右詐欺罪の成否は、実際授受された五万五千円全額につき判断されるべきで、それと二万円との差額のみにつき論ずるのは、被告人と五十嵐や福島等との内部関係につき関知しない山田の意思よりみて、理由ないことである)。

(二)  次に、原判決に理由くいちがいありやの論点(控訴趣意第一点)につき審究するに、原判決は、結局は被告人の山田安居郎に対する詐欺所為を認定したのであるが、その判示事実の始終を通覧するに、被告人が五十嵐哲三より福島静子所有建物を担保にして金二万円の融資方斡旋を依頼されたのに乗じ、自用の金員を入手しようと企て五十嵐や福島の承認を受けないまま、山田に対し前記建物を担保に供し福島静子を借主として金六万円の借用を実現させるに至つた事実を認定しておることが認められるのである。従つて原判決は、被告人が五十嵐等から依頼された金策という事務の処理に当り私利を図る目的を以て、その本来の任務に反する金策手段を採り同人等に無断で六万円の借用金債務に福島静子所有の右建物を担保に差入れて福島名義で同金額を借用し以て同人等に不測の損害を加えた点において、山田安居郎に対する詐欺の所為とは別に、実質上五十嵐や福島に対する背任的所為となすべき客観的事実を認定したものとみることができる。然るに、原判決自らは結局本件事実総体を詐欺一色に認定しているのであつて、これは、被告人と山田との前記交渉においては詐欺罪の成立を当然と解し、被告人と五十嵐および福島等との間の依頼関係は右詐欺に至る縁由的過程とのみ認めた結果と推察されるのであるが、前述の如く、既に実質上背任的事実をも認定している以上それと詐欺事実との関係は矛盾なく明確に判示するを要するのである。而して此の場合右詐欺は被告人と山田との関係であり、背任は被告人五十嵐や福島等間の関係であつて、それぞれ当事者および被害者等を異にする別個独立の事項であり、その一を以て他を包含し又は両者が想像的に競合するが如き関係に在るものではない(大正三年一二月二二日大審院判決――同院判決録第二〇輯第二五九八頁――参照)。故に、原判決において右両者に該当する事実を単純に詐欺の一罪に包括処断したのは、判決理由全般として趣旨の統合一貫を欠き、いわゆる「くいちがい」ある場合に属すること所論のとおりである。

(但し、斯ように原判決理由自体において「くいちがい」あり且つ本件詐欺罪の成立を認めることは事実誤認なること前述のとおりとしても、然らば直ちに進んで背任の事実を罪となるべき事実として採り挙げ得るやは自ら別問題であり、これは背任的事実と本件訴因範囲との関係を考按の上あらためて解決されるべき事項である。)

叙上の次第であるから、原判決は、控訴趣意第一点および第二点の孰れよりみるも破棄を免れず、右論旨は共に理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

弁護人の控訴趣意

第一、原判決は其判決の理由にくいちがいがある。

則原判決は有罪認定の理由として「被告人は昭和二十七年四月上旬五十嵐哲三より同人の内妻福島静子所有の云々木造板葺平家住宅一棟(建坪六坪七合五勺)を担保に金弐万円の融資斡旋の依頼を受けた」と前提に於て認定しながら「云々山田安居郎方において同人に対し恰も前記五十嵐より右建物を担保に金六万円の融資方斡旋を依頼されたもののごとく装つて同趣旨の詐言を弄し因つて同人をして被告人は五十嵐より右建物を担保に金六万円の金策を依頼されたものと誤信せしめ其頃云々被告人宅において云々結局差額金三万六千円の騙取を遂げたもの」と断じた。右前提に於て五十嵐から福島所有名義の建物を担保に融資斡旋方を依頼された事を認めた以上これに基き其趣旨の下に山田安居郎から借用したのであるから詐言を弄して金円を騙取したと断ずることは其論旨前後矛盾し即ち判決理由にくいちがひがあることは明白である。

原判決が証拠として援用した山田安居郎、五十嵐哲三被告人の検察官に対する各供述によれば原判決の理由前提に認めた如く五十嵐が内妻の福島静子の所有家屋を担保に融資斡旋方を被告人に依頼したこと明白で其趣旨の下に被告人は山田安居郎より右五十嵐の為金六万円(利息一割天引)を借入内金二万円を五十嵐に渡した事は明白である。従て山田安居郎が被告人から騙取された証明には尚ほ足りない(記録二〇丁=山田証言同三一丁=五十嵐証言四〇丁以下同四八丁被告人の検察官に対する供述)尤も被告人は五十嵐の依頼の借金額二万円を越えて金六万円の融資を受けたが貸主山田安居郎は右家屋の担保力の限度でこれに信を置き融資したものである(記録二十丁以下山田証言中の第八)従て五十嵐対被告人間の借用金額が金二万円であろうと六万円であろうと同人の問う所ではない。家屋の担保が六万円の価格あると自ら物を信じて貸したに過ぎない尤も山田は原審公判廷に於ける証言中五十嵐が融資額を金二万円と限定して被告人に斡旋方を頼んだことを予め知つて居たら金六万円は被告人を経て貸さなかつたであろう何となれば彼是後でめんどうが起るであろうことを虞れるからとの趣旨の証言をしているが未だ以て直に被告人は右山田を欺罔したことにはならない寧ろ被害者は五十嵐及其担保物所有者の福島静子であるべきである。右五十嵐が其融資斡旋方を被告人に依頼するに当り其融資を受くる借金額を二万円と限定したか否かは記録上明確でなく其間に弁済期は勿論其他金額等に付ても「はつきりした契約は致して」なかつたものである(記録三一丁以下原審五十嵐証言一五項)此の点に付被告人は原審公判で五十嵐は私に家屋を担保に出来るだけの額を借りてくれと頼んだ旨供述している(記録二五丁)要するに本件は原審判決理由中原審が是認する五十嵐からの依頼により被告人が其金融斡旋をしたことに相違なく只五十嵐が融資を受くる額を被告人に二万円と限定したか否か不明であり又被告人は山田から金六万円借入て二万円だけを依頼者たる五十嵐に渡し其差額中一割の利息天引した金三万六千円を自己の為に費消したが原判決が前後矛盾して認定した様に山田を騙して借金したことにはならない。山田は家屋の担保力の限度で融資したものである。加之、山田は適法且正当権限の附与に因り融資額に於て既に本件担保家屋を自己所有に所有権移転登記を了して名実共に其権利は確保されている。従て同人は被害者でなく因て被告人は同人に対し詐欺したことにはならない(記録二三丁山田証言十一項)従而原審判決は判決の理由前後矛盾し前提と結論と全相反するくいちがいがあるから破毀を免れない。

第二、原判決は犯罪事実の誤認がある

則被告人は五十嵐の依頼に因り五十嵐の内妻福島静子所有の家屋を同人承諾の下に其趣旨に従て山田安居郎から金六万円を借受け内一割は利息に天引され其残金の内二万円を右五十嵐に交付し其余を被告人の為に費消したものである。而て山田は福島及五十嵐の授権により被告人から交付された書類を以て(記録二三丁山田証言)担保物件を自己の所有と為し厘毫の損失を受けていない。(前項所論及証拠を関係部分に付き本項に援用する)従而被害者は五十嵐及其内妻であつて貸主山田ではない此の事は原審が判決に援用し証拠により証明せらる。然るに原審は山田を被害者と認定した事は事実の誤認である。本件は被告人を五十嵐又は其内妻福島静子に対する背任又は横領等に問擬すべきであつて山田に対する詐欺として擬律したのは事実の誤認に基くものである。この誤認は固より判決に影響を及ぼすこと明であるから原審判決は破棄すべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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